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鶴は千年亀は万年

【礒淵】

 「鶴は千年、亀は万年」ということわざがある。

 これどういう意味なのだろうか。
 何が言いたいのか分からないことわざだ。

 鶴は千年生きる、亀なんて万年も生きる。で、君たち人類はせいぜい100年ちょいでしょ?もっとがんばりなさいよ。という意味だとしても、頑張れるわけないではないか。説得力のかけらもない。
 長大な寿命を持つ生き物と比べられても下界に棲む我々はどうしようもないではないか。
 
 それとも、この意味だろうか。
 鶴は千年生きる、亀は万年も生きる。
 普段足蹴にしている亀が一万年以上も生きるんだよ。きみたちさ、日頃の行いを改善すべきじゃないの?だってそうでしょ、君たちより寿命が断然に長くてその点では偉いでしょ?
 たしかに亀は因数分解とか平方根の計算ができないから(僕もできない)その点では君たちの方が優っているね。
 亀はのろまだよね、ドンガメなんて悪口に喩えられるくらいだ。そりゃ100m走したら人間が勝つに決まっている。
 亀と人間を比べてどちらがエライ、つまり生物として優れているかと言えば、そりゃ人間だろうよ。(因数分解できることが偉いわけではない。なぜならできて当然だからである。)
 しかしどうだろう、寿命という点ではいつまでも生き続ける亀は生物として優れている、もといエライのではないかね?
 恐竜の時代にも亀は存在していたというよ。人間は恐竜が滅んだずっとあとになって生まれたから生物の脈をたどると亀の方が先輩なわけで、甲羅を今も昔も背負っているその変わらない姿勢というのは尊敬に値するよね。
 そして鶴ね。綺麗だよね。雅であはれなる姿よ。あれで千年生きるからね。もう人間が敵う感じのアレではないよね。たぶん鶴も因数分解できないだろうけどそれがどうしたって感じだよね(僕もできない)。できなくても生きていけることを証明してくれているね。
 そうなると因数分解できないことが尊いことなんじゃないかと思えてくる。できないほうがエライ、つまり生物的に優れているのではないかな。


 「鶴は千年、亀は万年」のことわざのおかげで多くの児童が本当に鶴は千年、亀は万年生きると思っている(僕はそうだった)。
 捕食の危機以外では放っておけば亀の場合一万年生きる。
 その間に卵を産んで子孫を増やしていく。
 そうなると亀の数はどえらいことになるので、ここで正常な思考を持っていればあのことわざは「デマ」だと認知できるが、少々足りていないと亀は万年も生きるんだよなぁと日常的なものとして認知してしまい、痛い目を被るわけではないが、恒常的に、亀は万年生きるんだよ、とさも科学的観点に立っているかのように言っていると、おい万年バカだぜ、という評価を受けることになってしまう。

 不明瞭な意味、デマ、でははたして「鶴は千年、亀は万年」の意味は何なのだろうか。
 ネット上の「故事ことわざ辞典」にあたってみた。

 『鶴と亀は寿命が長い代表で、めでたいものとされていることから、縁起の良い賀寿などの際に使われる。』とある。

 ただの喩えでした。

 長寿の喩え。

 だが、実際鶴は千年も生きないし亀だってあっけなくこと切れるではないか。デマだ。
 鶴は20~30年、亀は赤道地域やらどこかの陸ガメだと100年は裕に生きる。
 いがいと長寿だ。
 鶴の寿命に驚いた。
 僕がいま20歳なので僕と同い年の鶴がいてもおかしくないというわけだ。

 
 なんかたいしたオチもないのだけれど、今日のブログで因数分解が全くできなくても生きていけるんだよ、ということだけでも伝われば幸いです。





 

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