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詩ぃ

【礒淵】

 さいきん、歌詞を書くスピードが遅い。
 作詞をし始めた当時はだいたい15分から30分くらいで完成していたものが、いまでは一週間からひと月以上かかっている。

 書いては消し、書いては消し、できては削り、加え、推敲推敲推敲、、、、

 書きはじめは当初から「衝動」であることに変わりないのだけれど、こだわりというか、自分を納得させるまで突き詰めて作ることがここ最近だ。
 簡単には納得しなくなったのだ。
 これじゃあだめだ、まだまだ推敲できる。そうするうちに原形をとどめないほどに形が変わっていく。
 
 言葉の一つ一つが重大な質量を備えていて、影は濃く、そのくせ霧みたいにとらえどころがない。
 書いていくうちに病んでくる。
 手の震えが止まらなくなる。
 怖い。

 また、最近は歌詞ではなくふつうの詩を書くようになった。
 歌詞はいちおうメロディを意識して作るので「音符」という縛りがあるのだが 、詩には無い。
 形式もない。自由律。
 
 詩はむずかしい。
 書くたびに分からないことだらけ。
 言葉は月みたいに重く、暗く、浮遊し、圧倒的な存在感を放つ。
 リズム、語感、意図、伏線、視線、視点、感情、あらゆる要素が交錯し、せめぎ合い、衝突し、そして造形へむかっていく。

 やはり書くうちに分からなくなり、泣きそうになる。
 楽しくて仕方ないのだが、苦しくて仕方ない。
 もっと勉強しなきゃいけないなと思う。

 
 高校生のころ宮沢賢治の「永訣の朝」を読んだ。
 どうしてか、ひさしぶりに読みたくなって読んだ。

 http://why.kenji.ne.jp/haruto/147eiket.html

 びっくりした。
 頭の後ろを大たい骨で殴られた気がした。
 震えた。

 こんなにも悲しい詩があるのか。
 描写、感情、視線、リズム、完璧だと思えた。
 詩で感動したのは生まれて初めてかもしれない。

 宮沢賢治に畏れさえ抱いた。
 
 そして僕が書いた詩を見ると悲しくなった。
 毛髪を全部抜いてしまいたくなった。

 
 歌詞を書くのに時間がかかることはいいことだと思う。
 時間をかけるほどいいものができると信じている。
 ただ、初期衝動や初心を忘れてはならないとも思う。それが難しいんだけど。
 作詞し始めた当時の、流れるような澄んだ感情や熱量や力を失くしてはいけない。
 失くしそうになったら、僕の好きなミュージシャンの好きな曲の好きな歌詞をあらためて読んでみる。
 
 「永訣の朝」をなんとなく再び読みたくなったのも心の底にこの詩が残した爪痕があったからなのかもしれない。
 「永訣の朝」がぼくの詩作の原点なのかもしれない。
 高校生の頃に読んだ詩が今一度浮上してきた、そんな詩を書いた宮沢賢治はとてつもなくすごいと思う。
 
  
 詩は究極の言葉遊びだと思う。そして芸術だ。
 感じさせることがすべて。
 わけがわからないなりに心の温度を少しでも変えさせることができたなら。






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