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教え

【礒淵】

 中学の先生の口癖が「継続は力なり」だった。
 これは本当にそうで、なにごともこつこつ頑張れるやつが結果として勝ち組になっている。
 努力して粉骨砕身して臥薪嘗胆している者が、過程では損しているとはいえ、結果として莫大な利益を授かっている。
 なんだかんだ真面目というのは武器であって、不真面目より真面目な人間が成功を収めている。
 
 僕は不真面目で努力できない型の人間なのでまじ、憧れてます、そういう方々。
 
 努力が恥ずかしい、熱血がくさい、みたいな風潮あるけれど、はっきり言ってそんな風潮は滓(かす)、努力をして成功を収めている姿はまったく輝かしい。
 突然異世界だか平行世界だかに飛ばされ、何の努力もせずにチートな異能力を手に入れ、魔王を倒し、女の子をはべらせ、お金持ちになり、庭には大きな白い犬を放ち、アルプス高原でブランコを乗り回し、雲に乗って教えておじいさん、という今ありがちなライトノベルの展開には飽き飽きしていて、なにせ主人公は努力をしていない、論理的ではなく感情的な理由や利益を求めて敵と称する相手と戦い、勝ち、正義感らしきものを見せ付けるために戦友と称して元敵と仲良しになる、そんなものは学習衛生上よろしくないのでさっさと廃止してほしい。
 友情・努力・勝利が好きだ。
 なまぬるい友情、たゆんだ努力、利益にこだわる勝利、こんなものは倫理的に人道的によろしくない。

 努力を嗤う人間は許せない。

 僕は努力できない人間なので、僕の努力を嗤われたことは無いのだけれど、なにかに一生懸命に打ち込むその姿勢を批判されたり、批判したりする人間を許さない。
 莫迦だなぁと思えることも本人にとっては重要な人生の鍵かもしれない。
 だから、何かに打ち込む人間がいたらそっと見守ろう。
 そもそも、手前の人生とその人間の人生は関係ないのだから。

 
 
 もうひとつ先生の教えがあって、「恥ずかしさは敵だ」というものだ。

 これもまさにその通りで、僕たちは羞恥心から何かをすることを躊躇うことが多い。
 先述の努力ができない人間というのは努力を嗤われることを恥ずかしく思い、努力を退ける傾向がある。
 僕は違くて、努力が単にできない屑なのだが、そんな恥じらいを以て努力をしない人間もいると思う。

 恥ずかしいな、と思っていると何もできない。
 どうせだれも手前のことなんて見てはいない。
 だから思う存分やりたいことをやるがいい。人生は一度きりだ。

 僕は「恥ずかしさは敵だ」をどこか曲解していて、羞恥心のようなものが中学3年生ごろから欠落してしまった。
 人の目を気にせず地面に落ちているものを食べることができるなど、その方面、つまり人外的なことをすることについての羞恥心が没したのだ。
 ゴミをあさる、地面に寝る、カラスを威嚇する、惜しげもなく恥ずかしいことを言うなど、前頭葉が摩耗しているとしか思えない人間だ。
 ステージに立って歌声を披露し自分の書いた歌詞をメロディに乗せて半狂乱になる、というのはちょっと頭を強く打った人間にしかできないことである。しかも、その様子をできるだけ多くの人に見てもらいたいと思っている。

 「恥ずかしさは敵だ」はもっと深い意味があるのだが、曲解した僕にはもう意味が解らない。
 ま、いいじゃないか。楽しき生きようぜ。みたいな感じだったと思う。
 敷衍していうと。ふえーん。

 こんな文章を書いて恥ずかしくないのか、と言われると、ま、これも努力の一つだからさ、ちと見守っておくんなんし。
 努力を嗤う人間を許さないよ、なんて。ふえーん。



 

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